子宮筋腫って切らなくてもいいんだ~子宮動脈塞栓術(UAE)体験記

2013年2月多発性子宮筋腫のため子宮動脈塞栓術(UAE)を受けました。
筋腫と診断されてから手術を経て現在に至るまでの私の体験記録です。
当時の日記やメモ、記憶を頼りに1年たった今ようやくブログにすることができました。
自宅から遠く離れた病院だったのでお出かけ気分も満載!?

2015年05月

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腹腔鏡検査で得たものは

腹腔鏡検査は、検査と名前がついているけれど手術みたいなものです。4日間入院で、手術同意書も書くし、何よりほんの数cmとはいえお腹を切開するわけですし。

当日の朝入院し、午後から検査。初めての入院だったけれど、「検査」という名前からかお気楽な私、恐怖心もなく病院へ。手術室へ入る時にようやく、「これは大変なことなのかも」と緊張し始め…。

検査は腰椎麻酔で。麻酔の際、看護師さんから「体は動かさないで」と言われたのに、注射された瞬間勝手に体がビクンと反応。「動かないでって言ったでしょ!針が変なところに行きますよ!」とものすごい剣幕で怒られて、撃沈。肩から痛み止めの注射を打たれてからは…気が付いたときは病室!?

目が覚めたら、おしっこの袋ついてるけど、いつの間にされたんか?おまけに足が重い。ベッドの上なのに、足だけ地面にめり込んでいるような、コンクリートで固められたような感覚。でも全く動けなくて、ナースコール。看護師さんに畳んだ毛布をふくらはぎの下に挟んでもらい、麻酔が切れるまで何とかしのいだような…断片的な記憶です。

検査では、左卵巣を中心に赤紫色の斑点(ブルーベリースポット)が広がっていて子宮内膜症と確定、検査の際に処置できる範囲のことは全部行ったと、あとで先生から説明してもらった。

不妊につながるような病気がみつかったことがショックで落ち込んでいた私に、声をかけてくれたのが同室入院の皆さん。婦人科の4人部屋で、私以外の3人は30代後半~40代前半、おそらく子宮か卵巣の病気で摘出手術などを受けていたんだと。これは想像だけど。

「病気が見つかって、ラッキーだったね。病気を治したら、また頑張ればいいじゃない。まだまだ若いんだからチャンスはいっぱいあるし、これからだよ。私たちは子どもには縁がなかったけれど、こうして夫婦2人で仲良くいられるし、いつまでも新婚みたいでしょ?これからもずっと変わらないよ。仮に子供に恵まれなくても旦那さんとずっと仲良くしていけばいいんじゃない?それも悪くないと思うよ。でも、私たちの分も頑張って。かわいい赤ちゃんがやってくるといいね。」

私は自分のことしか考えてなくて周りのことなんて全く目に入っていなかったのです。同室の皆さんも、ここに至るまでたまらなく苦しい時もあったはず。なのに、笑顔がキラキラしていて、お見舞いに来た旦那さんともいつも楽しそうに過ごしていて。こんな風に励ましてもらうなんて思いもしませんでした。いつまでもクヨクヨしている自分が恥ずかしかった。というか、子供でした。みなさんの思いに応えたい、と。

あの日励ましてくださった皆さん、本当にありがとうございました。あの時、腹腔鏡検査を受けて、内膜症が確定したことはもちろん大事なことだけど、なにより勇気を与えてくれた皆さんとの出会いがなければ、その後の治療もくじけていたかもしれない。

この時もらった勇気が、私が自分の体験を書こうと思った原点かもしれません。UAEを受けた記録も、私の体験を通じて誰かに少しでも勇気が届けられれば、と思っています。

不妊治療時代

R病院では当時4~5名の産婦人科医が常駐していたように記憶しています。私を担当してくれたのはひょうひょうとした雰囲気のO先生。冬場、長袖のYシャツを着ているのに、その上の白衣はいつも半袖、とちょっと不思議な感もあったけれど。O先生にも長い間お世話になりました。

R病院に移ると、クロミッドに加えhCG注射による治療を開始。試しにhMGを使ってみたら、卵巣が腫れすぎたのでこれは一度きり。結局、クロミッドとhCGでの治療が1年近く続くも何もなし…。卵管の通りを確認するため、卵管通水検査を受ける。受けただけでも卵管の通りがよくなって妊娠しやすくなるかもしれない、と言われたけど、検査の結果はあまりパッとしなくて、その後子宮卵管造影検査へ。

子宮卵管造影検査では、エックス線透視をしながら子宮頸部から子宮内に造影剤を流し込み、その様子をリアルタイムに観察することで、子宮内側の状態や、卵管の疎通性、卵管周辺の癒着などがわかるようです。先生から、「結構、痛いですよ」とは聞いていたけれど、本当に痛かったー。造影剤を通すのも、それまでの下準備も。検査後も出血があったりと、なかなかなものでした…。検査した日は、ぐったりだったなあ。

検査の結果も痛くって。右側卵管はかろうじて通っているけれど、左側は癒着ありで閉塞ぎみ、左卵巣(右も?)に子宮内膜症の疑い。うん?内膜症って生理痛がひどいんじゃなかったっけ?本人に自覚症状なし。先生からは、内膜症かどうかは腹腔鏡検査をしないと確定できない、と言われたような記憶が。

いろいろ悩んだ結果、卵管造影検査から3か月後に腹腔鏡検査を受けることに決める。28歳の秋。

婦人科デビューのきっかけは?

10代~20代前半は周期が30~31日ぐらい、生理痛もほとんどなくて、生理が苦になるようなことはなかったです。

仕事に就いて2年目、時々腰にピリピリと激痛が走るようになり、痛みが出る時は生理でもないのに少量の出血があって「なんだろう?」と不安になったけど、毎月定期的に生理がやってくるので「まあ、いいかー」。結局そのまま放ったらかし。痛いのも出血も気になるけれど、行くなら婦人科…未知の世界に踏み出せず。

でも、そんな状態が何か月も続くと、さすがに放っておけなくなり、不妊治療を頑張っていた同僚Yちゃんが通う職場近くのMクリニックで婦人科デビュー。「何か大きな病気だったらどうしよう?診察ってどんな感じなんだろう?恥ずかしいなあ、どうしよう、どうしよう…」などとドキドキしながら初めての診察に臨んだんだけれど、先生からは診るなり「あー、これは排卵していませんね。基礎体温を測ってください。」とあっさり終了。そういえば出血があるのは生理と生理の中間ぐらいの時期だった。病気じゃなくて無排卵月経のせいだったのか。排卵誘発剤(確かクロミッド)とツムラの漢方薬(何番だったかなー、帯の色も覚えていない…)が処方されたのが24歳の時。

とりあえず大病でなくて良かった。誘発剤で排卵がおきると、中間期の出血も腰の痛みもでなくなった。まさか腰の痛みが無排卵のせいだとは思わなかったからビックリだったけど。

誘発剤で排卵がおきたことをエコーで確認してもらっても、今度はなかなか高温期に移行しないし、上がっても安定しないし、期間も短くて、黄体機能不全だと言われ…そのうち自然排卵はおきるようになったけれど黄体機能は弱いままで、その後何年もM先生にも漢方薬にもお世話になりました。

無排卵月経から始まった婦人科通いは、結婚を境に一時期中断。基礎体温だけは測り続け、相変わらずの黄体機能の弱さに今度は不妊が頭をよぎり、結婚から1年を待たずに通院再開。不妊治療に頑張っていたYちゃんが毎月のように泣いていた姿が自分とだぶってきた。M先生は毎月同じことしか言わず、何の進展もないように感じ始めると焦ってきて…R総合病院の産婦人科へ行こうと決意したのが27歳の時。

人間ドックの予約、忘れてました

健康保険組合から「今年度は該当年齢なので人間ドックを受けてください」と案内があった。「そっか、今年は当たり年だったんだー」と思いつつ人間ドック申込書を記入したのが4月の終わり。

受診先は前に受けた病院と同じにするけれど、いつにするかが問題。とにかくUAE後6か月の診察を受けてからにしよう。でも、冬場はペラペラの検査着が寒いし、暑い時期は水分も控えてと言われるのが我慢できない。10月末は自治体主催の健やか検診の期限間近で、前回ドックでの胃カメラ検査待ちの大混雑に懲りたからその時期もなし。そしたら、ちょっと涼しくなった9月しかないか?とりあえず第一希望は9月だな、と消去法で選択。9月なら仕事もそんなに忙しくない時期だし、その頃にはきっと体調も今よりは良くなっているだろうしね、ということで。

申込書を提出したら、5月始めに早くも決定通知書が届く。受診病院も時期も希望が通り一安心。日程は受診病院と相談して決めればいいので、まあそのうちだなと思っていたら、追っかけ病院の検診部から電話があり、「9月なら11~12日、10月なら17~18日ぐらいしか空いてないですよ。婦人科検診もありますから、生理じゃない時にしてください」とペラペラまくしたてられて圧倒される。わっ、なんか怖いんですけど。

ちょっと待ってー。今すぐに決めんなんの?頭が回らない。ユラユラでやられていて、まだ人間ドックどころじゃないのが本音…。

「今、ちょっと体調悪いので、すぐに日程まで決められないんですけど…また連絡してもいいですか?」と答えるのが精一杯。「決まったら、早めに連絡してくださいね」と言って切れた電話がきつく聞こえたのは被害妄想か?

そんなやりとりがあってから、その後さらに体調を崩してしまっていたので人間ドックのことはすっかり頭の片隅に追いやられてました。6か月検診の時にはチラッと先生と話題にしたけれど、帰ってきてからの発熱騒動でまたしても放置…。

9月に入り、何かの拍子に職場で人間ドックの話題沸騰、申込み手続きの嵐(?)。そういえば私も決めないといけないんだった。さすがに9月や10月にはもう受けられないだろうし、病院へ電話する前に保険組合に時期変更が可能か確認しておこう。病院側がOKならどんな形でも変更可能だけど、「人間ドック決定通知書」出し直すからまた連絡して、って。面倒くさいこと言うねー。

そしてようやく意を決して病院健診部へ電話。そしたら、前に聞いていた日程はなんと私のために仮押さえされていました。なんか感激。あの時冷たくて怖いと思った検診部の担当者さんと心の距離が一気に縮まったよ。

日程変更も2月や3月ならまだ余裕があるのも確認できたけど、どうしようかな~?今なら体調も少し落ち着いているけれど、この先何があるかなんてわからないし。保険組合とのやりとりも面倒だから先延ばしは辞めにするけど、さすがに9月は目前過ぎで厳しいかな。というわけで、元々候補の10月17~18日の1泊2日で決定しました。検診部の○○さん、ありがとうございます。

多分、生理もギリギリ始まってないはず。

UAEセンターHPの言葉たち

体のユラユラはまだ続いているけれど、それでもこの頃は「何とかなりそう~」という気分になってきた。ユラユラを気にしすぎずに過ごせるようになってきたのかも。夏前は大型車のエンジン音や太鼓の音などちょっと大きい音も全然ダメだったけど、そういえばあんまり気にならなくなった。ちょっとは元気に近づいてるんだって思うことにしよう。

「仕事帰りのリハビリ通い」は相変わらず。ほぼ毎日通っているから、リハビリの技師さんとはすっかり顔なじみに。いろいろ話しているうちにお互いの子供が同じ年だとわかり、なおさら世間話に花が咲くーみたいな。ここでも元気をもらってますかねぇ。

今まで消え失せていた「気力」みたいなものが少し復活してきたかも、です。

気力が少しずつ出てきたところで、思い出したことが!?以前からすごく気になっていて、いつか聞かなきゃと思っていたのに、先日の6か月検診の時にも聞くのを忘れていたこと。6か月で卒業しちゃったから、この前が最後の砦だったのに…。

一体何が気がかりなのか。それは岡山UAEセンターHPのトップページの言葉です。

初めてHPを訪問した時の、まさにその時の自分の心境そのもの。言い当てられたようでドキッとしたし、私が捜していたものはこれだーって、一瞬にして私の心をとらえた言葉たち。それにしても先生はお二人とも男性なのに、なんでこんなにわかるの?あまりに上手すぎて怪しいところなのかもしれない、もしかして騙されいるかもしれないけれど行ってみたいって気にさせたので。

だから、この言葉は一体誰が考えたのか、今まで診てきた患者さんたちの声なのか、どうしても気になる…。先日の発熱から復調したこと等を報告するついでにメールにちょろっと書いてみました。

HPトップの文章は、ほとんどが開院前お二人であれやこれやと相談しながら出来上がったもので、患者さんからのひと言も反映させた、先生方の力作のようです。

そうなんだ~、先生方が考えたんだ~。お二人で相談している姿がありありと目に浮かび、改めて読み直しました。照れくさいけれど「わたしのこと、わかってくれる人がここにいるんだ」って泣いちゃうよ。

女性以上に女性の気持ちをくんでくれる、そんな先生方に巡り合えてよかった。 
ギャラリー
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プロフィール

はおん

ディズニーと手作りが大好きなヒツジさん。
事務系のお仕事してます。

2012年10月子宮筋腫発覚
2013年2月子宮動脈塞栓術(UAE)を受ける。
UAEを受けた時、45歳。

ヒツジさんの夫、ウシさん・ヘビさんの娘2人と
石川県中央部で生息中。

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